とある国の大統領の動向について
数人の大人が集まって、あれやこれやと話をしていた。
昼時に放送されていた情報番組の話である。
その時の話の内容をザックリまとめると
とある国の大統領が
自国の大統領選挙の制度を変更しようとしている(らしい)。
変更することによってどうなるのかというと
その大統領の地位が盤石のものとなる(らしい)。
もし本当に大統領選挙制度が変更されて
次の選挙で現大統領が当選すれば
とんでもなく長い任期を全うすることになる(らしい)。
ただ、その大統領は自国での人気があるらしく
得票率もかなり高く
大統領選挙ではいつも負けなしだとか。
そんな人が、まだ足りないとばかりに
大統領の任期を延長させるための法案を通したり
選挙制度を変更しようとしたり
自分の地位をゆるぎないものとするために
様々な手を打って出ている。
情報番組内では
長期政権に対する批判や
政策に対する脅威のコメントが語られていたが
私はその大統領に孤独を感じた。
孤独
『だれも信用できない。
だれにもこの国の大統領を任せられない。
この国を守るのは自分だ。
だから私がやらなければ。
これは私の役目だ。』
とか思っているかもしれない。
もしかしたら全く違うかもしれない。
どちらにせよ
私はとある国の大統領のその姿勢に
とてつもない孤独を感じた。
それは、劇団四季のミュージカル「ウィキッド」(WICKED)の
最後の場面を見た時に感じた孤独と同じだ。
圧倒的な孤独
「ウィキッド」(WICKED)は
とても有名なミュージカルなので
「知っている」という方も
「観たよ!」という方も
沢山いると思うが
私の言葉でちょっとだけ紹介すると
「オズの魔法使い」のサイドストーリーで
ドロシーの物語の前日譚的な位置づけだ。
メインとなるキャラクターは2人。
良い魔女と悪い魔女。
この2人の魔女の関係性を描いたお話なのだが
ミュージカルの冒頭とラストには
同じ場面が描かれている。
それは、一見すると何気ない日常の一場面なのだが
非日常から帰還した後に見る景色は
日常を旅立つ目に見た景色と
たとえ同じであったとしても
もはや同じ景色としてみることができない。
私の中で消化しきれない感情が沸き立ったのを覚えている。
この場面以外にも感情を揺さぶられることや
深く考えさせられることがいくつもある。
エンターテイメントとして素晴らしいのは勿論だが
根底に流れるテーマが深い。
テーマや感想など
語る機会があったら是非やってみたい。
感情の追いかけっこや
ゲシュタルト崩壊や
2つのストーリーの繋がりを
そして、あの人の孤独を
あなたはどのように感じるだろう?
7月に千秋楽を迎えるらしいが
是非公演期間中に観ることをお勧めしたい。
次はいつ上演されるかわからない。
10年以上前から繰り返し上演されている演目だ。
今後一切公演されることはない。
なんてことはないかもしれないが
劇団四季の演目には新しいものが続々登場してきている。
これからも新しい演目に気圧されず
定期的に公演してくれることを願ってやまない。
私自身も行けるものならもう一度観にいきたい。
ミュージカルは演者を変え、奏者を変え
同じストーリーが何度も何度も上演される。
私が観た回のキャストと同じキャストが
全く同じように演じることは
もう二度とないだろうと思うと少し残念な気もするが
そういうものだから仕方がない。
老舗と呼ばれる菓子屋や旅籠なども同じだ。
経営者や従業員を変えて
時には事業形態を変えて脈々と受け継がれていく。
国や政治も同じではないかと思う。
その時その時で適切な時期に代替わりをして
少しずつ変容することはあっても
国という大枠を保ちながら脈々と継承されていく。
とある国の大統領も
年齢的なことを考えると
代替わりをする時期を迎えているように思える。
それでもご自身がその職位にこだわり続けるのは
後継者がいない
或いはまだ育ってきていないということなのか
それとも
本当に周囲に信用できる人間がいない孤独な状態なのか。
誰も信用できない、語ることもできない孤独さは
やはり「ウィキッド」(WICKED)を思い出してしまう。
ミュージカルは孤独なままの状態で幕を閉じ
その状態のまま時は進まないが
現実はそういうわけにもいかない。
とある国の大統領の孤独も
継承できる人が現れるといいのに。
それよりも孤独ではない状態で
その役割を継承することができればいいのに。
なんて、余計なお世話なことを思ったりする。
当の本人は
「孤独?は?」
とか思うかもしれない。
私自身は特に重大な責任を伴うような立場にいないので
とある国の大統領や
ミュージカルの中のキャラクターに感じるような
孤独を抱えることはないし
誰かに継承してほしいような
役目や立場を担っているわけでもないのだが
この世の中にあるもので
継承されていくといいなと思うことはある。
その1つが西洋占星術だ。
ここで1つ、お知らせとして白状すると
私は実はアンチ西洋占星術だった。
「『後世に継承されていくといいな』
と言っていたのに頭おかしくない?」
はい、私もそう思います。
ごもっとも。
何故アンチ西洋占星術だったかというと
自分には全く当てはまらなかったからだ。
自分の星座の特徴を挙げ連ねられても
全く、何一つ、あてはまらない。
それをだれが信じるというのか。
「だって、占いでしょ?
当たるも八卦当たらぬも八卦だよ。」
と思うかもしれない。
「あぁ、占星術?
知ってるよ。統計学の一種だよね?」
と思うかもしれない。
私も前はそう思っていた。
でもあるとき少しだけ西洋占星術を勉強する機会があって
その時に私の目からボトボトと鱗が剥がれ落ちた。
西洋占星術、当たってる!
「これも、この特徴も私に当てはまる。
っていうか、私そのもの!?」
のめり込むように本を読み漁っていたものの
様々な状況や環境の中で
次第に西洋占星術の勉強からは遠ざかり放置されていた。
そんな折、何処から迷い込んできたのか
「ホロスコープをスイスイ読めちゃう講座」
の受講お誘いメールが最近届いた。
元々興味のある内容ではあったし
無料で受講できるということもあって
申し込んでみた。
そしたら思いがけない内容で驚いた。
「ホロスコープをスイスイ読めちゃう講座」
と謳っているのにホロスコープの具体的な読み方は
一切レクチャーされない(笑)
でも、ホロスコープを読むために必要なことを
丁寧にわかりやすく教えてくれる。
この講座を受講すればきっと
ホロスコープをスイスイ読めるようになるだろうし
自分自身をより理解できるようになるだろうし
自分の周りにいる人たちをより理解することができるだろうし
そのことによって、
大切な人と良好な関係を作ることができるようになるだろう。
無理せず、自分らしく振舞いながら。
もしかしたら、そうはならないかもしれない。
でももし
西洋占星術の世界に魅力を感じていたり
過去西洋占星術を学んで挫折した経験があったり
あまり知られていない星を使いこなすコツが知りたかったり
自分の個性を活かした星読みをしたかったり
するのであれば
次回受講生を募集しているらしいので
申し込んでみるのもお勧めだ。
あなたもきっと
「西洋占星術が後世に継承されるといいな」
と思うようになるだろうし
孤独でもなくなるだろう。
「ホロスコープをスイスイ読めちゃう講座」
次回講座申し込み受付中
https://a22.hm-f.jp/cc.php?t=M502549&c=134800&d=dbc0
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